
X-GAME 千葉にて Photo Yuuki Motomura
■ 日本男子パーク初の表彰台、その名は永原祐路
2025年6月、イタリア・ローマで開催された「WSTパーク・ワールドカップ2025」は、日本スケートボード史において一つのターニングポイントとなった。
その中心にいたのが、永原祐路(20歳)──長野県白馬村出身の若きスケーターである。
引用 JOC オリンピック公式サイト

彼はこの大会で、日本男子として初めて**パーク種目で表彰台(準優勝)**に立つという快挙を成し遂げた。これまでパーク種目は欧米勢が強く、日本勢は後塵を拝するケースが多かったが、永原の滑りはその流れを確実に変えた。
■ 白馬村TRUEPLAYERSから世界へ
永原のルーツは、長野県白馬村にあるスケートパーク「TRUEPLAYERS」。この施設は、雪深い地域でありながら、スケートボードに情熱を注ぐローカルたちによって支えられている室内パークだ。
幼い頃からこのパークで滑っていた永原は、自然に囲まれた環境の中で、空間の広がりやスピード感を体で覚えていった。TRUEPLAYERSの空気感と、仲間たちとの切磋琢磨が、彼の“ナチュラルで無駄のないスタイル”を育んだ。
■ WSTローマ2025:世界を驚かせた93.11ptの滑り
WSTローマ2025男子パーク決勝。世界のトップライダーが集う中、永原祐路は堂々たる演技を見せた。
第3ランでは、アリウープ540→フロントサイドボーン→バックサイドリップスライド→エア・トゥ・フェイキーと、スピードと高さを両立させたコンボで93.11ptを獲得。一時は首位に立つインパクトあるランとなった。
結果的にブラジルの名手に僅差で敗れたが、2位という成績は日本男子史上初の快挙。この時、世界が“YURO”の名前を記憶した。
■ 「自分のスタイルが世界に通じた」──本人コメントより
大会後、現地メディアのインタビューで永原は次のように語った。
「もちろん嬉しいですが、表彰台に乗ることよりも、“自分の滑りがちゃんと伝わった”と感じられたことが何より大きいです。」
この言葉からもわかるように、永原のスケートは“評価”ではなく、“共鳴”を大切にしている。技の難易度に偏ることなく、流れとスタイル、そして音楽のようなリズム感を追求する姿勢が、国際舞台で高く評価された。
■ 永原祐路というスケーター
永原のスケートは、一言でいえば「流れるように構成された静かな爆発力」。
見る者を惹きつけるのは、トリックの難易度や派手さだけでなく、「なぜこのタイミングでこの技を入れるのか」という深い構成意図と感性だ。
- 技術の精度
- 身体のコントロール
- 空中での姿勢
- ラン全体のストーリー性
これらすべてが計算されながらも、どこか“自然”に見える。それこそが、永原祐路という存在の特異性であり、世界のトップ層が注目する理由だ。
■ 若い世代への影響と、未来の展望
永原の快進撃は、同世代やさらに若い世代のスケーターたちにも大きな刺激となった。
同じ大会で5位入賞を果たした猪又凑哉は、「ユウロさんの滑りは、自分にとって目標」と語っている。
また、永原本人も「自分の背中を見て育つライダーが現れてくれるのが一番嬉しい」と話しており、すでに次世代への“灯”としての存在になり始めている。
今後の目標としては、2026年の世界選手権、さらにはロサンゼルスオリンピックへの出場が視野に入る。

■ おわりに
白馬村の一角から生まれた一人のスケーターが、世界のパークシーンに新たな風を吹き込んだ。
永原祐路の存在は、「才能はどこにでもある」「スタイルは育つものだ」という事実を証明している。
彼のこれからの滑りは、競技としてのスケートボードだけでなく、カルチャーとしてのスケートボードそのものを変えていくかもしれない。
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